妖艶

生きてるってなんでしょね?

生の花や人間、

写真でも絵でも写し取ることはできる

でも、それはなんのためなんだろ?

目の前に薔薇を活けてそれを模写する

本物が目の前にあるじゃん

それを愛でていたらよくね?

じゃーなんで絵にしてんだろ?

生の生命体の花は生きている

人間のモデルももちろん生きている

絵や写真でそれを超えることはできない

でも

だとしたら生きてるっていうだけで

見過ごされてるものがあるのかもしれない

そのまま写し取るのではなく

それはもしかしたら歪なものだったり

醜いものだったり

生きてるっていう事実で観察されないこと

生きてることを排除していき

そこに表れる本質的なもの

表面に見えるものは排除していき

最後の最後に残る

正体

そういった意味では

自分の絵もたんなる模写だったのかもしれない

いや、たまにはあるんですよ

ほんの数枚だけど

たまに観るのにすごくエネルギーを消耗する

薔薇は綺麗に描ける様にはなった

でもそこに生命力とか醜さとか歪とか

そういう人に「あっ」て言わせるものがない

人に言わせる必要もないのだけど

自分が言えない

でもわかってることがあって

歪とか異形とかそんなものに

妖艶さを感じたりする

生命力にあふれているものは

淫靡だったり妖艶だったり

ライン一つでもそんなふうに描けれたらいいなって

たまにはゲージツカぶってみる

病んでませんよ(笑